信州大学 農学部 植物資源科学コース
信州大学大学院 総合理工学研究科 農学専攻
信州大学大学院 総合医理工学研究科 総合理工学専攻
植物病理学研究室
病原体(真菌、細菌、ウイルス等)感染による病害は、農作物の収量を減少させる深刻な要因の一つです。そのため、農薬の使用や抵抗性品種の開発といった病害防除法が、過去何十年と用いられてきました。しかしながら従来の防除法には、”農薬が効かない薬剤耐性菌”や”抵抗性品種の抵抗性を打破する新たな病原体”の出現により打破されてしまうため、新たな農薬や抵抗性品種を作り続けなければいけないという問題が存在します。そのため、耐性菌が出現しない農薬や抵抗性が打破されない抵抗性品種を開発することができれば、安定した農業生産が可能になると期待されます。
自然界において、植物を取り巻く環境には無数の微生物が存在します。しかしながら、実際に植物に病害を起こしうる微生物(=病原体)は極わずかです。植物が進化の過程で発達させてきた、精巧な生体防御機構がほとんどの微生物の感染を阻止するためです。植物は微生物を認識すると、抗菌性のタンパク質や低分子化合物、病原体に感染された細胞のプログラム細胞死等の様々な抵抗反応を誘導します。この抵抗反応の誘導過程において重要な役割を果たすのが各種植物ホルモンや情報伝達物質です。
サリチル酸は”防御ホルモン”とも呼ばれる、植物の生体防御機構において中心的な役割を果たす植物ホルモンです。微生物を認識した細胞においては、サリチル酸が合成され、合成されたサリチル酸が様々な抵抗反応を誘導します。サリチル酸を合成できない変異体においては、病原体感染による病害が悪化したり、本来感染できない微生物が感染したりします。一方、化学合成したサリチル酸やサリチル酸の類似体を植物に処理すると、植物の抵抗反応が誘導され、病原体に対して抵抗性を獲得します。そのため、サリチル酸やその類似体は、農作物を病害から守る農薬として利用可能なのではないかと考えられています。
植物の抵抗反応を誘導することにより病害を防除する農薬の実例として、”プラントアクティベーター”と呼ばれる次世代型の農薬が存在します。プラントアクティベーターには、安全性が高い、薬剤耐性菌が出現しにくい等の利点が存在し、将来的にはプラントアクティベーターが病害防除の中心になると期待されています。しかしながら、開発が難しいため、現在までに実用化された物は数種類しかありません。サリチル酸の合成をはじめとした植物の抵抗反応誘導機構を解明することにより、プラントアクティベーターの開発等の新規病害防除法の開発につながると期待されます。